人生で初めて富士山登頂を達成し、無事ドヤ顔で「富士山登ったことあります」と言えるようになった中村創です。
今日は富士山登頂の中でリーダーの責任と怖さを痛烈に感じる時間があったので、ブログに綴ろうと思います。
はじめに
ぼく自身、富士山をテーマにこんな記事を書こうとは夢にも思いませんでした。登山大変だったね。キツかった。で終わると思っていたのです。舐めてました。まさかの全然違う感情が湧いてました(笑)
こちらの記事を読んでからの方が内容がよくわかります。
それでも読まないぞという方に超絶簡単に要約します。
メンバーが下山途中に高山病にかかり、結果的にバスを逃してチャンチャンという話です。どの点がダメだったのか、自戒の意を込めて4点あげようと思います。
自分のせいで時間配分を間違えた。
今回はツアーを利用したので開始時間と集合時間が決まっています。
スタートは朝5時、そして集合は夕方16時とかなり長い時間でした。地図に書かれている推奨時間で登頂、そして下山しようとしましたが、疲れを考慮しなかったために休む時間がほとんど取れませんでした。
もっと早く頂上に着くように計算して考えていれば、そもそも下山で急ぐ必要はなかったかもしれません。
完全に時間配分を間違えました。
メンバーの立場に立って考えることができなかった。
高山病は基本的に標高が高ければ高いほどなりやすいと言われています。
行きは頂上を目指していてテンションが高かった且つ時間があったので、メンバーのペースに合わせて登っていけました。
ただ下山は違いました。バスまでの時間がない中で、足の捻挫・高山病の症状がありながらもペースを緩めず降りました。
もしメンバーに立場にもっと親身になって考えていたら、行動が変わっていたと思います。
あるタイミングで諦めるという決断をできなかった。
上記でも述べたように、下山ではペースを緩めずに降りていきました。
そもそもなぜゆっくり行かなかったかというと帰りのバスの時間がかなり迫っていたからです。
そのバスに間に合うために頑張って急ごうという方針でした。ぼくの選択肢の中ではバスを諦めるという決断を最後までできませんでした。
言ってしまえば選択肢の中にも入っていませんでした。だからこそあらゆる選択肢は持っておくべきだったと思います。
結果的に傷つけてしまった。
これが一番大きいことだと思います。高山病になったことによって登山に嫌なイメージがついてしまいます。
結果もう富士山は登りたくないという結論に至っていました。
自分の至らぬ指示のせいでそういう風に嫌な記憶ができてしまったことを反省すべきだと思っています。
精神的に傷つけてしまったことで、今後山に登るという選択肢が消えたかもしれません。これは誰が悪いというわけではないですが、リーダーの責任は重いと感じます。
ビジネスに置き換えて考えてみた。
これは単純に富士山登山を失敗した反省ではありません。【リーダーとしての失敗の反省】です。
例えばぼくが起業、もしくは何かしらの事業部長になってビジネスを進めていたらどうでしょう。
・時間配分を間違える→準備段階から配分を間違えて期限内にリリースできない。
・メンバーの立場に立って考えない→メンバーが自分から離れていってしまい事業がそもそも継続できなくなる。
・あるタイミングで諦める決断できなかった→キャッシュポイントをすぎて大赤字を出してしまうかもしれない。
・精神的に傷つけた。→労働のさせすぎ、厳しすぎで社会復帰ができないまで追い込む。
この置き換えは極端な例かもしれないですが、ありうるなと思いました。
こういう旅や非日常で起こる経験は自分に学びを与えてくれます。せっかくなのでアウトプットしてみるのも有効だなと改めて思います。
リーダーの本質をしっかり見極める必要があるなと思った富士山でした。さすが日本一の山だ。あっぱれ。